「フルリモートになれば、すべてが解決する。」
片道1時間半の満員電車に揺られていた頃、私は本気でそう信じていました。
現在、私は地方の自宅からフルリモートでAWSエンジニアとして働いています。
朝は子供と一緒にゆっくりご飯を食べ、通勤ストレスとは無縁の環境。お気に入りのキーボードを叩きながら仕事をする毎日は、かつての私が喉から手が出るほど欲しかった理想の生活です。
しかし、いざ念願のフルリモート環境を手に入れてみて、はっきりと気づいたことがあります。
それは、フルリモートは決して「楽になる」わけではなく、「辛さの種類が変わるだけ」だということです。
この記事では、医療現場という超アナログ・体力勝負の世界から、客先常駐を経てフルリモートにたどり着いた私が直面した、「在宅ワークで感じたギャップ」を3つお話しします。
私と同じように「フルリモートになれば全て解決する」と思っている方の参考になれば幸いです
目次
前提:私がフルリモートを手に入れるまで
本題に入る前に、少しだけ私の経歴に触れさせてください。
私はもともと、病院の透析室で働いていました。早出・準夜勤・待機が当たり前の不規則勤務。患者さんが帰るまで一瞬も気が抜けませんでした。
30代前半で思い切ってIT業界へ転身したものの、最初に配属されたのは、片道1時間半かかる田舎の客先常駐現場でした。
任されたのはWindowsのOS更新600台、油まみれのプリンタ修理、そして会議のセッティング。「これが私のやりたかったエンジニアの仕事なのか……?」と、何度も心が折れかけました。
それでも2年間、泥臭く現場で評価を積み上げ、独学でAWS資格を取得。営業と交渉を重ねた末に、ついにフルリモートのAWS案件を勝ち取りました。
切り替わった瞬間は、本当に天国かと思いました。
これで人生全てがうまくいくと思ってました。
しかし、数ヶ月経つと、想定していなかった「新たな壁」が立ちはだかり始めたのです。
ギャップ① 仕事が進まない恐怖が出社時の何倍も大きい

客先常駐で働いていた頃は、たとえ自分のタスクが思うように進まない日があっても、会社には職場の同僚や上司がいました。
仕事が捗らない時も、同僚と話をしたり朝礼やミーティングに参加することで、「今日も仕事をした」という実感が得られていました。
フルリモートになると、状況が変わりました。
1日中、誰とも声を交わさない日は珍しくありません。チャットのみでやり取りを行い、設計やトラブルシューティングで丸一日悩んで、結局何も進まない日もあります。
医療現場では「今日の患者さんの治療が無事に終わった」という明確なゴールがありました。客先で仕事をしていた時も「今日はPCを3台設定した」という物理的な実績がありました。
しかし、フルリモートでの「考える仕事」は、進捗がゼロに見える日が普通にあります。
「今日、自分は給料をもらう価値のある働きができたのだろうか?」
誰にも見られていない静かな部屋で、この問いへの答えが出せないままPCを閉じる時の虚無感と恐怖は、出社していた頃とは比べ物にならないほど大きなものでした。
ギャップ② 仕事のやめ時がわからない

通勤には「仕事とプライベートを強制的に切り替えるスイッチ」としての機能がありました。
電車に乗って職場に着けば仕事モード。帰りの電車に乗ればオフモード。あの片道1時間半の通勤は確かに苦痛でしたが、会社にいるときだけ仕事のことをすればOKでした。家で仕事のことをどうするか考えることもありますが、会社にいなければ、物理的に仕事はできない状態です。
フルリモートには、その強制力が一切ありません。
寝室でPCを開けば、そこがオフィスになります。(私の家は狭く、寝室と自分の机が同じ部屋にあります。)
「お昼休みの間に、あともう少しだけ」とPCを触り続けてしまったり、退勤時間を過ぎても「キリがいいところまで」とダラダラ残業してしまったり。
「あれどうなったかな?」と気になると、休みの日でもパソコンをつけて仕事の確認をしていました。
家にいるといつでもダラダラと仕事ができてしまう状態です
現在私は、ダラダラ仕事をしないように、「毎朝メモ帳に今日の絶対のゴールを書く」「仕事が終わったら見えないとこにパソコンを片付ける」というルールを設けています。
ギャップ③ 誰にも見られていない恐怖
出社して仕事をしているときの焦りは、常に「外側」から来るものでした。
上司の目、客先からのプレッシャー、迫る納期。「進んでいないと怒られるかもしれない」という外圧が、良くも悪くも自分を強制的に動かしてくれていました
一方、フルリモートでは、誰も私のことを見ていません。
極端な話、サボろうと思えばいくらでもサボれます。しかし、誰も見ていないからこそ、「ちゃんとやれているか?」を自分自身で監視し続けなければなりません。
出社していれば「真面目にPCに向かっている姿勢」を見せることで、ある程度プレッシャーを回避できました。しかし、フルリモートでは「結果」と「成果物」だけで自分の存在価値を証明しなければなりません。
それが痛いほど分かっているからこそ、焦りが自分の内側からとめどなく湧いてくるのです。この「見えないプレッシャー」との戦いは、リモートワークに慣れた今でも完全になくなることはありません。
それでも、フルリモートを選んだことに後悔はない

ここまで「フルリモートの辛い現実」ばかりを語ってきましたが、誤解しないでいただきたいのは、私はフルリモートを選んだことを1ミリも後悔していないということです。
理由は至ってシンプルです。
この辛さはすべて、「自分でコントロールできる辛さ」だからです。
片道1時間半の通勤地獄は、私にはどうすることもできない「外的要因の辛さ」でした。電車の中で勉強する、本を読むなど自己研鑽に充てることもできましたが、「早く帰りたい時も1時間30分かかってしまう」ことがとても辛かったです。
しかし、今の「進捗への焦り」や「時間管理の難しさ」は、自分のマインドセットや仕事のルーティンを変えることで、いくらでも改善する余地があります。
そして何より、毎日家族を見送って、帰ったら迎え入れることができるようになったこと
これこそが、私が泥臭く這い上がってフルリモートを手に入れた最大の理由であり、今の働き方を手放せない一番の価値です。
まとめ:フルリモートは「自己管理能力」が問われる総合格闘技
もしあなたが「フルリモートになれば楽になるはず」と思っているなら、少し考えを改めた方がいいかもしれません。
フルリモートは、「仕事において自走できて、管理できる人」に向けた働き方です。
会社や環境が自分を動かしてくれることに慣れきっていると、焦りと虚無感の無限ループに陥ってしまう危険性があります。
しかし、自己管理のスキルさえ身につければ、これほど自由で、人生の豊かさを最大化できる働き方はありません。通勤ゼロ、場所の縛りからの解放、そして時間のコントロール権。
私は「医療現場→客先通勤地獄」という全く異なる環境を経験してきたからこそ、この「自由に伴う責任の重さ」をポジティブに受け入れることができています。
この記事が、これからフルリモートを目指す方や、念願のリモートワークになったものの「なんだかモヤモヤする」と悩んでいる方のヒントになれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!