「SES(客先常駐)はスキルが身につかない」
「案件ガチャに外れると終わり」
ネットではそんな声をよく耳にします。しかし、臨床工学技士という医療の現場からITの世界へ飛び込んだ私にとって、最初に配属された「客先常駐での2年間」は、間違いなく今のエンジニアとしての基盤になってます
今回は、Windows 11への更新600台という泥臭い作業から、C#やSQLを駆使したプログラム開発まで、私が経験した「ヒリヒリする現場」でのリアルな学びをお伝えします。
目次
1. 「Win11更新 600台」という名の洗礼
私が配属された現場での大きなミッションの一つが、組織内のPC約600台をWindows 11へリプレースすることでした。
皆さんもご存知かもしれないですが、Windows10のサポートが2025年10月に切れるため、それまでにWindows11に更新する必要がありました。(ネット上で使わない場合など、一部対応不要のこともありますが)
「ただの作業じゃないか」と思うかもしれません。しかし、これが想像以上にハードでした。
- 止めてはいけない業務の合間を縫っての作業
- 開発をしながらPC交換作業
- お客さんの電話を受けながらの作業
- 1台ごとに異なるユーザー設定、特殊な周辺機器のドライバ対応
- 古いプログラムはどうやって動かすのか
- QRコード作成プログラムやCADソフトがどうやったら新しいパソコンでも動くのかを考える
- 予期せぬエラーとの戦い
プログラミングをやりたかった私にとって、パソコンの更新は本当にやりたかったことではないです。
しかし、ここで身についたのは、単なるPC操作の知識ではありません。「トラブルが起きることを前提とした段取り力」と、「現場のユーザーが何を求めているかを察する力」です。

大量のパソコン更新で「パソコンのエラー画面に動じない」精神力が身につけられたりするので、単純業務に見えるかもしれませんが、悪くない業務だと思います。
2. 焼け野原の現場で見つけた「開発」のチャンス
私の常駐先は、正直に言えば「整った環境」ではありませんでした。人手が足りず、マニュアルも不十分。まさに「焼け野原」のような状態。
しかし、だからこそチャンスはいくらでも転がっていました。
「この手作業、自動化できませんか?」
「このデータベースのデータを抽出して、ツール化しましょうか?」
そう提案することで、プログラムの改修案件を任せてもらえるようになったのです。
忙しい職場は大変ですが、「自分がしたい仕事を掴む」チャンスもたくさんあります。
何より大きかったのは、「焼け野原だからこそ、解決すべき課題が無限にあり、暇な時間が一切なかった」こと。次から次へと仕事が舞い込み、常に「濃い時間」を過ごすことができました。このヒリヒリするような環境でもがき、少しずつ安定した状況へ持っていけた経験は、今の私の大きな自信になっています。
- SQL(Oracle)の経験: データの抽出だけでなく、システム開発のメインだったりする。SQLを使ってデータベースを操れるようになると、お客さんが使っているデータにどんなことが書いてあるのかがわかって、仕事が一気に楽しくなる
- VB/ C#の開発: Visual Studioを使い倒し、本番環境の実行ファイルを差し替えるプレッシャーの中でコードを書く。コードをかけて完成と思って、システムを差し替えると動かない、なんてことはザラにある
- ネットワーク管理: トラブル時に現場に行きスタッフのヒアリングから、原因を探る。LANケーブルのような物理的な要因なのか、設定などが要因なのかで対応が変わる。これは謎解きみたいなものなので個人的には好きな対応でした
大企業の分業体制では決して味わえない、「インフラからアプリ、DBまで一通り自分が知っていなければならない」という環境が、成長速度を数倍に加速させました。
客先常駐することで、「その職場のIT関連何でも屋」になることができます。プログラミング、ネットワークだけでなく全てを幅広く学ぶチャンスがあります

3. 「ヒリヒリする現場」で身についた「生き残り力」(前職の経験が役に立った)
客先常駐すると、周りはお客さんだらけです。お客さんからお金をいただいて働いているというプレッシャーは、自社開発とはまた違う重さがあります。
納期を守る、信頼を勝ち取る、トラブル時に逃げない。
この2年間で私が得た最も価値のあるスキルは、プログラミング言語の知識よりも、「どんな環境でもなんとかして結果を出す」という、泥臭いサバイバル能力でした。
お客さんと対話して、専門用語がわからないこともたくさんありました。しかし、「お客さんの役に立たねば」と思えれば、分からないことを放置している場合ではなく、プライドを捨ててどんなことでも質問できます。

前職で医療職だった私は、患者さんとのコミュニケーションで「相手を怒らせないように話を聞く」力や、「何を求められているのか」を汲み取る力がついていました。
病院で働いていた時は、「機械の知識や技術」が大事だと思ってましたが、いざ外の世界に出てみると「患者さんと良好なコミュニケーションを築く」能力が「お客さんと良好な関係を築く」能力になっていると気づきました。
未経験から異業種に挑戦してみて感じたのは、異業種に転職する時に必要なのは「スキル」ではなく、「分からないことを分からないと素直に言って話を聞ける」能力だとわかりました。
4. 客先常駐で一気に成長して遅れを取り戻す
30代で未経験からITの世界に飛び込むと、どうしても「周りとの遅れ」に焦りを感じてしまいます。私自身もそうでした。しかし、あえて「人手が足りない」「環境が整っていない」と言われる客先常駐の現場に身を置くことは、その遅れを一気に取り戻す最強のショートカットになります。
マニュアルがないからこそ、自分で調査してドキュメントを作る。
時間がないからこそ、新しい技術を取り入れて効率化する。
「やらざるを得ない」というヒリヒリした強制力が、エンジニアとしての基礎体力を爆発的に高めてくれます。
荒波の2年間ですが、プログラミング、ネットワーク、パソコン本体の解剖を一気に学ぶことができました。大企業でゆったり働いている人の3年分の仕事ができたと感じています。そこで得た「自走力」こそが、30代からのキャリアを逆転させる最大の武器になります。
2年間の最後には、お客様から「来てくれてよかった」「また一緒に働きたい」という言葉をいただけました。その言葉こそが、自分がただの作業員ではなく、一人の「エンジニア」として認められた証だと感じています。

5. エンジニアって超ブラックのイメージもあるから心配
ここまで「焼け野原」や「ヒリヒリする現場」という言葉を使ってきたので、「エンジニアってやっぱり超ブラックなんじゃ…」と不安に思った方もいるかもしれません。
確かに、10年以上前から業界にいる先輩方の話を聞くと、「深夜まで残業は当たり前」「会社に泊まり込み」といった壮絶なエピソードが出てくることもあります。しかし、現在は「働き方改革」の影響もあり、業界全体が大きく変わっています。
今のIT業界は、業務時間を分単位で厳密に記録し、残業代も100%支給される企業が圧倒的に増えています。私が経験した現場も、仕事の内容自体は「濃くて大変」でしたが、決してサービス残業を強いるような不健全な場所ではありませんでした。
そのため、
- 小さな子供がいて、決まった時間には帰らなければならない
- 家庭の事情で、深夜までのハードワークは物理的に無理
- 自分の時間を大切にしながら、着実にスキルを磨きたい(完全残業なし、まで叶えようとすると少し厳しいとは思いますが・・・)
という方でも、十分にチャレンジしやすい環境が整っています。
私が伝えたかった「焼け野原」とは、決して「長時間労働で心身を削ること」ではなく、「健全な就業環境の中で、解決すべき課題(成長のチャンス)が目の前に山積していること」を指しています。
むしろ、ダラダラと意味のない残業をするよりも、限られた時間内で圧倒的な成果を出す工夫をすること。その「効率化の試行錯誤」こそが、エンジニアとしての本当の価値に繋がります。
まとめ:現状を「最高の成長期間」に変えるのは自分次第
もし今、あなたが「やりたいことと違う」「泥臭い作業ばかりだ」と悩んでいるなら、その環境を「数年分の経験を凝縮できるチャンス」と捉え直してみてください。
「焼け野原」のような現場で、泥臭く課題を一つずつ解決していった2年間。その経験は、「自分はどんな環境、どんな異業種でもやっていけるんだ」という揺るぎない自信を与えてくれました。
そしてこの自信こそが、私のキャリアを大きく変える転機となりました。
自信があるからこそ、不当な条件に我慢し続けるのではなく、自分の価値を信じて「より良い仕事」を主体的に選べるようになったのです。その結果、転職前には想像もできなかった「フルリモート・AWS・Pythonエンジニア」という、理想の働き方を手に入れることができました。
医療従事者からITへ。この異色のキャリアと、現場で培った「生き残り力」が、今の私の景色を作ってくれました。
現場に不満があるけど、なかなか一歩踏み出せない方の勇気づけになれば幸いです
本日は以上です